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事故に遭遇(助けた場合) 

こんにちは。ノラドラです。

さてさて、好評のしーちゃん関係の話題です。


これも、つい最近会ったときにした会話。1回会っただけでかなり濃い会話をしているかも。



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ノラ家が高速道路を走っていたとき(このときはマーくんは乗っていませんでした)



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私はよくは見ていなかったけれど、父が
「あっ!やった…」という声で、見ると、3台前の車が、右から左に転がっていた。
父によれば完全に上下逆にひっくり返って、また元通りになって停まったそうです。






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すぐ後ろの車なら、何があったのかを見ていたはずなのに、うちの車との間の2台はやたらサッサと事故車を避けて走り去ってしまった。


うちは路側帯に駐車してすぐに事故車に駆け付けたら





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そしてその女の子は私と、後から駆け寄った姉に、開口一番こう言った。





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顔が大丈夫かどうかすごく心配だったんだろうね。

女の子だなぁと思いました。






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姉が女の子のそばにつきそって、身体の痛いところなどを聞いて励ましている傍ら、私は携帯で消防に電話して救急車を呼んだのですが…


場所は…



場所?


………


お父さーん、ここどこ~!!(ガクッ)


父に電話を代わってもらったり、ナビを見に車に戻ったり、どうにか場所を伝えたら、次は警察に電話。
高速道路での事故は、なかなか大変でした。




しかも救急車が来なくて、何度か場所の確認に携帯に警察や消防から電話がかかってくるのを応対。

女の子はショックでガタガタ震えているし、目は赤いし、心配。


励ましながら救急車を待つ。

そういえば、なぜ横転したのか本人もわけがわかっていなかった。

ただ、先に右にぶつかってから左に転がったらしいことがわかってきた。

(もしかして、逃げて行った車、あやしい?)






ところで


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事故を起こしたその子の車は、高速の一車線を半分ふさぐ形で停まってた。

だから後続の車はそれを避けなければならなかったし、ときどき、気づくのが遅かった車は

速度を大幅に落として車線変更に苦労していて危なかった。



しかも




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事故車はガソリンがボトボト流れ出ていて、しかもエンジンはかけっぱなしで怖くて近づけなかった。

女の子は車の中に残してきてしまった携帯電話を取りたがっていたけれど、

近づいて炎上とかしたら…と思うと怖くて。。




さらに


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父は、後続車が事故車を避けられずに撥ねた場合、

事故車が自分たちの所に飛んでくるので、全員が非常に危険だといって、車からもっと離れるように言った。


やっぱり高速道って怖かったです。




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このお兄さん、さっとエンジンを止めてくれるし、発煙筒を事故車の分と、自分の車の分と両方使って、かなり遠くまで走って後続車まで知らせてくれるし、本当に助かった。

お姉さんも「フロントガラスが割れているところを見ると頭をぶつけたんかもしれんね。」と心配してくれたりして、この二人がしばらくいてくれて心強かったです。

若くてテキパキしているって本当にすばらしい。

お二人さん、ありがとう。



ずいぶん時間がかかって、救急車と警察が同じくらいに到着したのを見たときは一同、心底ホッとしたものです。


女の子はお礼を言って救急車に乗せられて行きました。

大丈夫だったかな…?



というわけで、しーちゃんにそんな話をしていたら



しーちゃんがこう言った。





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え?

しーちゃんも事故をしたことがあるの?



<つづく>

お手数をおかけしてすみません。いつも応援ありがとうございます。
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[ 2008/08/30 09:02 ] みんなのお話 | TB(0) | CM(9)

夏休みの宿題・いつものパターン 

こんにちは。ノラドラです。

そろそろ夏休みも終わりに近づき、お子さんのいらっしゃるご家庭は、そろそろ落ち着かない気分になってきているのではないでしょうか?


昨日のこと。

うちのマーくんも



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夏の友は終わったものの、図画工作には手をつけていないことと夏休みの日記が8月3日から書いていないことが発覚。



まだ数日あるから大丈夫?


いいえ、実はノラ家、姉がやっと8月の最終週に休みをとれたので29日(今日)から家族で愛知県の親戚のお家に行き、そこからちょっと足を延ばして温泉に行くのです。
帰ってくるのは31日の夜です。



なので、なんとしても昨日中に宿題を終わらせる必要がありました。
でないと、みんな旅行に行けない!



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おばあちゃんの言葉でマーくんもその気になりました。








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そうと決まれば協力しなきゃ。







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大好きなカメの絵だから、結構真剣に書いていました。

(がんばれー!!)





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その間、工作になりそうな、科学の本などを姉と私がよみあさり
(なぜ、私までが…)




ホームセンターへ二人で材料を買いに走り(マーくんは、カメのお絵かきをしています。)、
候補となる3つの工作の材料を買い込んできました。
(勿体ない!)




そうして、貯金箱なのか、ロボットなのか、万華鏡なのか、もめにもめた末、
時間がないので万華鏡をつくることに。



そうして夜更けまで3人で必死で万華鏡をつくりました。
(なぜ、私までが…)



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毎年いつもこんな感じでバタバタするんだけど、

どこの家でもやってるのかなぁ。。。


日記の宿題にまで、とても手が回らなくて、旅行に日記を持っていって

宿で書くことになりました。


マーくん、しっかりしてね。

ー完ー

↓お手数をおかけします。押していただけるととても嬉しいです。
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私は、子供のころ、7月中に宿題をやってしまって、8月は思いっきり遊ぶタイプでした。
でも一度だけ、8月31日に夜中まで自画像を描いていたことがあるなぁ。。
でも、工作や絵の宿題も手伝ってもらったことは一度もなかったような。。。
手のかからない子供でした。
(マーくんは手がかかるなぁ…)



ところで、今朝から家族で出かけます。2泊です。
朝、みなさんのところに応援周りはさせていただきましたが、コメントやお返事は戻ってからになるので遅くなります。よろしくお願いしますね。(^-^)

土曜日は予約投稿で記事をアップする予定です。
ですので、見に来ていただけると嬉しいです。



本当は今回、掛川花鳥園に行きたかったんだけど、今回はおじさんの所に行くのがメインになったので、また来年こそ行きたいと思っています。


それでは、行ってきまーす。
みなさんも、ごきげんよう。



[ 2008/08/29 09:00 ] 季節のお話 | TB(0) | CM(15)

捕獲!秋の虫騒動2 

みなさま、こんばんは。ノラドラです。

涼しくなりましたが、夏の疲れが出やすい頃です、みなさんもご自愛くださいね。

さて、一昨日の記事「失礼な!秋の虫騒動」の続きです。私の部屋に秋の虫が入り込んで3晩を経ました。


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虫の音は、遠くでかすかに聞いてこそ、風流だけど至近距離では、騒音以外のなにものでもないのです…

(経験者なら知っている…ね、はまぴーさん。)

気になって気になって…寝不足です。 虫、おそるべし。


一晩でどこかに行くかもしれないと甘く考えていたら、

どこへも行かずに、ついに3晩鳴き通していました。

困りました。


二晩苦しんだ末、昨日は朝からキュウリを切って近くに置いてみましたが




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姿も見ないし、キュウリを食べてる形跡もない。






今日になって


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スイカは終わりだと思っていたら、スーパーにたった一つだけ、北海道産のスイカを見つけ、
「三千円クラスのスイカが800円で売っていた!」と大喜びで買ってきた父。

古くなってまずいのでは?と思っていたら、シャキッとしてるし最高に甘くて美味しいスイカ。



虫さん、飲まず食わずだと死んじゃうよ…甘いスイカだよ~…、

でておいで~。







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そんなにすぐ来るわけないけどね。










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本当に来た!あまりにもすぐに来た!
予想外の小ささ!









逃げられちゃ大変!

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庭に、虫さんを離しました。スイカもお土産にあげました。



これで、今晩はやっと静かな夜が戻ってくるんだ。


ホッと安堵感がこみあげてきました。




そして…


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父に見せるの忘れてた~!!!

私の名誉挽回が…

虫を逃がすことばっかり考えてすっかり忘れていました。


あとから説明したけれど、父も興味なさそうに気のない返事をしていました。


まあ、いっか…。。。。


ブログをやっているのに写真をとることも考えませんでした(←そういう習慣が身についていない)。



でも、そのあと図鑑で虫の正体がわかりましたよ。


私が見たのはまさしくこの虫です!




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1cmくらいの小さな小さな虫でした。

こんな虫だけどコオロギの仲間なんだって!




なにはともあれ、おかげさまで今日から静かな夜が戻ってきます。

みなさん、いろいろとありがとう。お騒がせしました。


ー完ー

応援、いつもありがとうございます。頑張りまーす。
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コオロギの仲間だったとは。。。
私が「コオロギ」だと思っていたのは頭に黒いヘルメットをかぶったような
エンマコオロギなんですね。
いろいろあるんだなぁ。。。

(コオロギでしたよ、美波海さん!衣服をかじられるところでした!)


コメントをくださるみなさん、そしてこのブログを見て下さるみなさん、いつもありがとう。



[ 2008/08/28 19:30 ] 季節のお話 | TB(0) | CM(12)

失礼な!秋の虫騒動。 

みなさん、こんばんは、ノラドラです。
朝夕はめっきり秋らしくなって、お盆を過ぎたあたりから秋の虫がさかんに鳴いていますね。

(でも、ウノさんは今日も昼間はステテコで歩きまわっているのを目撃しました。)

今日は、偶然に起こったちょっとした秋の虫のお話です。タイムリーだったので大慌てで作りました。





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自分の部屋にいるとやたら近くで「キッキッキッキッキッ…」と秋の虫の声がします。
「えっ?」










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やっぱり部屋の中で鳴いているみたい…










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至近距離で聞くとなかなか気になる音量なのです。
はてさて、何の虫が部屋に入り込んだんだろう?どこから入ったんだろう?
ずっと窓を開けて換気していたから?








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ちょうど父が階段を上がってきたので、呼びとめました。









なんの虫か、とりあえず鳴き声を聞いてもらいたかったので、部屋に来てもらいました。





でも



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父が来た時には虫はまったく鳴かず、シーン…







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ところが



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父が行ったとたん、虫がまた鳴きだしました。




そこで、さっきのことが悔しいので





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父が自分の部屋から出てきたところを再び呼びとめました。







ところが





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父が来た時には鳴いてくれない!




すると




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し、失礼な!!

娘をなんだと思ってるんだ!


その後も私が一人の時には虫は鳴き、父が上がってくると鳴かないことのくりかえし。


このままでは私がヘンな人みたいじゃない。。。

絶対にこの虫を捕まえて名誉を挽回しなければ!


ー完ー


いつもありがとうございます。
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昨夜は虫がずっと鳴いていましたよ。
気になりだすと、かなり(大きい音なので)気になりました。

私はすでに秋の夜長を満喫してしまいました。


今日はどこかに行ってくれたかな?



頑張って捕まえたらまた報告しますね。

[ 2008/08/26 21:51 ] 季節のお話 | TB(0) | CM(19)

ウノさん占い?! 

こんばんは。

今日も平日のちょっとした話題です。


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最近涼しくなったので、このごろ近所のウノさんが元気に外で活躍しています。

(ウノさんについては「声かけおじさん」へどうぞ。)

今日はウノさんの大きな声がしたので






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ふと思いついて、そっと窓から覗いてみました。









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今日、まだウノさんはステテコで外にいました。

みなさん、まだ秋はもう少し先のようです

(って、ウノさんで秋の到来を占ってどうする?)


ー完ー

応援、いつもありがとうございます。頑張ります。
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[ 2008/08/25 23:24 ] 近所の人のお話 | TB(0) | CM(5)

日曜日の夜は 

みなさん、こんばんは。

日曜日の夜はいかがお過ごしでしょうか。




さて、ノラ家は日曜日の夜になると






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わらわらと大将のイスの周りにみんなが集まってきます。








なぜか。







それは









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ジャーン、ノラ家も篤姫を毎週楽しみにしていまーす。






だから、誰かが何かを言おうものなら…










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「しーっ!!」

みんな真剣!!   



家定さまがお亡くなりになって、どうなることかと思ったら、面白いですね。(^-^)

それだけでした。

ー完ー


いつも応援ありがとうございます。(^-^)

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[ 2008/08/24 22:15 ] ただの日常 | TB(0) | CM(14)

しーちゃんの善意は伝染する 

みなさん、こんばんは。

予想外に昨夜の妖怪話が好評???で、喜んでいるドラです。

それにしても、しーちゃんはすごいでしょう。

でも、

ふっふっふ…

このくらいで驚いてはいけません。しーちゃんにはもっともっとエピソードがあるのです。


(初めての方は昨日の記事と、「しーちゃんがタカを助けた話」へどうぞ。)




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しーちゃんの話を聞いていると、予想外な話が多く、紅茶を吹き出しそうになることもしばしば。
毎回びっくりするか、涙を出して笑いが止まらなくなるか、感動するか、しーちゃんにはすごい話がいっぱいです。









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その話は、すぐに家族で共有します。
しーちゃんはノラ家で大人気です。父はしーちゃんのファンを公言してはばかりません。





今日は、しーちゃんのお話の中で、おもしろいというわけではありませんが、

とてもよい話をひとついたしましょう。











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しーちゃんが働いているところから家に帰るときに、山の中の峠の道を通るのですが、ここは事故多発地帯なのです。
私も何度かしーちゃんの車に乗って通りましたが、夜なんか、もう、真っ暗です。

(この家は中国地方の家で、妖怪さんが出た家の方ではありません。)











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       (調子に乗って再び妖怪チックなものを描くドラ…。↑)







なんと








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しーちゃん、すごい!


こうして、しーちゃんは、一人でゴミや廃棄物が散乱する峠に毎週通って一人で掃除をするようになったのだ。



そんなある日




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峠を通る車が側道に止まり、声をかけられたのだ。





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それは中学の時の同級生で、しーちゃんはまさかこんなところで人に会うとは思っていなかったので、
恥ずかしくて、登っていたかなり高い土手からぴょーんと飛び降りたらしい。

同級生もビックリ。


「お、おまえ、いつもこんなことをしとるんか!?」






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そんなこんなで、しーちゃんの峠のお掃除はその後も続いた。

しーちゃんが一番困ったのは、集めたゴミをいったん持ち帰り、エネルギーセンターなどに持ち込まなければならなかったことだそうだ。



そこで




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役所の人も大変恐縮、感心してくれて、すぐに、しーちゃんのために峠にゴミ箱を設置してくれたそうだ。
一見ゴミ箱に見えないゴミ箱だとか。
しばらくは、しーちゃんだけがそのゴミ箱を使用していたそうだ。




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今では、その峠はすっかりきれいになって、

事故もめっきり減ったとか。




その後、しーちゃんは、汚い場所を探しては掃除に励んでいる。

でも、しーちゃんが掃除を始めると、すぐにまた、その場所もきれいになってしまうので、

「最近、汚い場所がなくなってきた」

と、しーちゃんは言う。(関西なら、汚い場所、いっぱいあるで…と思うドラ。)



そして、しーちゃんは、また、町の汚い場所を探すのだった。




ー完ー


応援、いつもありがとうございます。頑張ります。
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(あとがき)


どうです?

すごいでしょう?

私はこの話を聞いてから、街を歩いてゴミが落ちていたら、必ず拾ってゴミ箱に入れに行くようになりました。

ゴミ箱が近くにあるなら、拾えばいいや、という気になってきたのは、しーちゃんの影響です。

しーちゃんはゴミ箱がなくても拾うんですから。

みんなで、ほんの少し善意の輪を広げていくときっといいことが起こりますよね。

妖怪が出た?! 

こんばんは。ノラドラです。
少し暑さが和らぎましたね。でも、各地で大雨の予報が出ています。どうぞお気を付け下さいね。

さて、今日は以前紹介した友達、タカを助けたしーちゃんのお話です。

(初めての方は「しーちゃんがタカを助けた話」へどうぞ。)


先日、しーちゃんのおうち(関西のほうのおうち)に遊びに行くことがありました。


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昼間に梅田(大阪)の喫茶店でおしゃべりしていると、しーちゃんが

「昨日久しぶりに金縛りにあってね、結構怖かったよ

でね、妖怪さんが出てきたよ。」


というのです。



しーちゃんのお話はこんな感じでした。



夜中に金縛りにあってね、起きてるんだけど、映像(夢)が見えてきて、
自分が見たこともない古い日本家屋の中にいるの。

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その人は、まだ私がいることに気がつかないで、なにかしてるの。










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私はその女の人を見た瞬間、

「これはすごく邪悪で力の強い妖怪だ。

見つかったら闘うしかない!」
って思ったよ。


(ふつう、闘おうとは思わんで…、私やったら逃げるか諦めるかも…
しーちゃん、勇敢だなぁ…と思いながら聞くドラ。)



しーちゃんの話はつづく。




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そのあと、しーちゃんは一生懸命、氏神様に助けを求めて祈ったそうだ。
すると、金縛りはどうにか解けて、起き上がることができたらしい。

電気をつけて、トイレに行った後も、まだそのへんに妖怪がいそうで怖かったとしーちゃんは言っていた。



ん?まてよ…?

今から、その しーちゃんのお家に行くんだよね…





さてさて、しーちゃんの家にて。


しばらくは楽しく過ごしたけれど、夜寝る前になって寝る部屋が別々だということが判明。



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「え、一緒の部屋に寝るんじゃないの?」

「大丈夫大丈夫、部屋は続いているから。」

確かに間にドアもなく、続きの部屋だけど、しーちゃんの姿は見えない。

えええー、だって、金縛りにあったのって昨日なんでしょ…(←怖がりなドラ)

不安だ…




そこへ 「!!」


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なぜか部屋のすみに自転車が!










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いやーっ、夜中に誰かが自転車をこいでいたらどうしよう!

と私が言うと、しーちゃんは


好きにこがしてあげー。好きにさしたりー。と言った。



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ベッドに寝るとなんと、天井に明かりとりの窓が!!!

ダイレクトに外が見えるじゃないか!















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よ、夜中に誰かが覗いてたらどうしよう!!



「好きに覗かしたり~…。」としーちゃん。




そんなこんなで…





翌朝。


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妖怪は出なかったけど、眠れませんでした…











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妖怪さんの幸せを祈って寝たら、大丈夫でした。」

ふつう、妖魔退散・妖怪調伏の発想になると思うんだけど…

妖怪さんの幸せを祈るとは…


しーちゃんって、やっぱりただ者じゃない…

天使のような人だな…



ー完ー


平日にしては長かった。。。ふぅ。


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(あとがき)

ついにしーちゃんにもこのブログを見てもらいました。
タカを助けた話を見たしーちゃんは、「この通りだった、この通りだった」と喜んでくれました。
みなさんのメッセージも見てくれて喜んでいましたよ。

ところで、しーちゃんは、ノラ父を見るなり

「お父さん、そっくり~!!」

と笑っていました。

…自分でもノラ父は実物の父にそっくりだと思います。


終わってない!! 

こんばんは、ノラドラです。


誰が言ったの?


夏が終わったなんて…



(それは私です。。。昨日の記事参照)



暑い!!

暑すぎる!!
(関西は蒸せました)





今日は






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終わってない、終わってないよ、夏…。








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いつもお米を持ってきてくれるお米屋さんのバタさんが言っていた。

「今日はどの家に行っても、みんな倒れてるわ。

背中に接着剤がついたみたいに起き上がれんのやて。

今日は外なんか、だーれもおらんで。」
  と。



さらにバタさんは帰り際に









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「昨日と一昨日涼しかったからダマされたんやな。

よけいこたえるわな。」

と言って去って行った。





みなさん、今日は暑くて大変だったのではないでしょうか?





でも





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一日も欠かさず、毎日公園に野球をしにいくマーくん。

よく行くなぁ。。。。(さすがに若いなあ。。。。)







さすがにマーくんの行動は近所の人に目撃されていたらしく

今日は近所の酒屋さんに父がアイスクリームを買いに行ったとき

お店の奥さんに

「お孫さん、野球をされてるんですか?よく見かけるから。」と言われて


父は


「あれは野球バカですわ。」


と答えたそうな。



ー完ー


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まだまだ夏は終わっていないようですね。。。。
この残暑、体力を奪っていきますね。


よし、決めた!

ノラ家の夏の終わりは、父がステテコ姿じゃなくなったときにしよう!




[ 2008/08/19 21:36 ] ただの日常 | TB(0) | CM(17)

甲子園よ、ありがとう。 

こんにちは。ノラドラです。
今日から普通の日がまた始まりますね。みなさん、お身体に気をつけて。頑張りましょうね。

さて、今日は甲子園決勝の日。午後1時からですね。


これまで野球大好きマーくんは、おじいちゃんと一緒にテレビで甲子園の観戦をしていました。
(マーくんは青が好きなので、青いユニフォームのところを応援するという変なクセがあります。)





そして甲子園観戦中、こんな光景が繰り返されるのでした。


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ねったまくん2
ご存知、ABC放送の高校野球のマスコット「ねったまくん」です。
テレビでは、回が終わると、ねったまくんのジャンケンコーナーがあるんですよね。





おじいちゃんと孫のほほえましい一コマだと思うでしょう?






でもね







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父、一人でもねったまくんジャンケンをするんですよね…。


いきなり手を出すからそのたびに、みんなビクっとするんです。

昨日、母が

「お父さん、(ジャンケン)一人でもやってるで。」と言うと、

姉も私も

「知ってるよ。その光景なんべんも見たわ。」
「私も見た見た。」

と言い合いました。



へんな人だなぁ…



でも、この光景も今日の決勝で終わりなんだなぁ……。


ー完ー


いつもありがとうございます。
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最後のスイカを求めて父が出かけて行きましたが、
ついに、まるのままのスイカが店頭から消えたと残念がっていました。
しかたなく、カットスイカを買ってきました。
お盆が終わると見事にスイカが消えますねー。

父のスイカ三昧の日々も終わりです。(「夏はスイカとともに」参照)

マーくんも、昨日は「明日で夏が終わりや~」と憂えていました。

マーくんは野球で、父はスイカで「夏」を感じていましたが、
二人の夏は同時に終わりました。

(セミとりも終わったしね…。)

[ 2008/08/18 12:30 ] 季節のお話 | TB(0) | CM(14)

残暑お見舞い申し上げます。 

今朝早くからFC2ブログは閲覧障害がでていました。どうやら復旧したようです。ホッ。




みなさま、残暑お見舞い申し上げます。

うちのトネリコの木にクマゼミがいたのは一昨日まで。
もう一匹もいなくなってしまいました。あんなに鳴き声に苦しんだのに、
少しさみしいです。
今はときどきツクツクボウシがリズムよく鳴いています。

今年のマーくんのセミ捕り記録は37匹でした。 
父は今年はきまぐれに捕っただけなので5匹でした。
(もちろんすぐに逃がしています。)

(このへんのことは 「セミ初鳴き・初捕獲」・「クマゼミ被害に苦しむノラ家」・「不思議なセミ」へ。)


でも、一昨日、昨日と、関西ではかなり残暑が厳しかったです。
今日は比較的マシです。



日中、買い物に行くと、車が高温になっていて行きも暑いのですが、、
買い物を終えてスーパーの屋上駐車場に戻ってくると、これまた焼けつくような
暑さになっていて、クーラーはなかなか効かず、汗だくになって帰ってきます。




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もう頭もクラクラ。









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その氷ですが…









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私(ドラ)はすぐに流しに捨ててしまいました。









でも母は…








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しばらくこうしていました。

ブッダみたい。



このあと、母はミドリガメの水槽に氷をおすそ分けしていました。
あの氷を入れて大丈夫なのかな?


まだまだ暑い日が続きますので、皆さんもご自愛くださいね。


ー完ー


いつも応援ありがとうございます。

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[ 2008/08/17 14:10 ] 母のお話 | TB(0) | CM(11)

人騒がせな父 

こんにちは。ノラドラです。
昨日はきんととさんのご紹介で、たくさんの方が「お盆特別企画 ノラ父の生い立ち」を見に来て下さって、びっくりするとともに、心から感謝しています。

皆様、本当にありがとうございました。



さて、今日からノラ家は日常へと戻ります。

もし、まだご覧になっていない方がいらっしゃれば、ぜひ、「特別企画ができるまで」からご覧になってください。





それは、特別企画4日目(魔の4日目)のことでした。




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私が残った力を振り絞って4日目の記事を作成していたとき、なにやら父が騒いでいました。











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「おい、ゴン! 電話が鳴ってるぞ!」

と言いながら階段を降りてくる父。

姉にはよく緊急の電話がかかってくるのです。

父は姉のことをなぜか「ゴン」とか「ゴンタ」とか呼びます。(←勝手なあだ名をつける父。これは本当です)







姉は、そのとき入浴中でした。

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「携帯電話、持ってきてくれなかったの?」


(いつもなら携帯電話を持ち歩くのですがたまたまこのときは充電中で2階に置いたままだったのです)












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「お父さん、使えないなぁ…」と思いつつ

姉は大慌てで服を着て飛び出してきました。

今日手術した患者さんかな?

(姉は外科医なのです)





  ところが…



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あれ?着信履歴がない…???











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それだけ?


そう、それだけ。(笑)


ー完ー






とことん機械に弱い父です。


電子音にも弱かったか…。


<問>さて、この日、夜更けに炊飯器が鳴ったのは、なぜでしょう?

    ヒント:昨日の記事を見てね。


いつもありがとうございます。
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[ 2008/08/16 14:50 ] 父のお話 | TB(0) | CM(12)

特別企画ができるまで2 

こんにちは、ノラドラです。

おかげさまで「お盆特別企画 父の生い立ち」、予想以上に反響があり、最終話にはアクセス数が最高になり、その後もアクセス数が徐々に伸びてきているような気がします。
(私はこういう話は嫌がられると思っていました…)

もしかしたら、ご家族の方やお知り合いの方に紹介してくれたりしたのかな?
本当にありがとうございます。


もし、まだご覧になっていない方がおられましたら、ぜひご覧になってくださいね。
もう二度と書けない記録です。

<ノラ父の生い立ち ~鎮魂の満州1>
<ノラ父の生い立ち ~鎮魂の満州2>
<ノラ父の生い立ち ~鎮魂の満州3>
<ノラ父の生い立ち ~鎮魂の満州4>
<ノラ父の生い立ち ~鎮魂の満州5 完結編>






さて、「特別企画ができるまで」の続きです。

貴重な資料が手に入り、やはり作業はぐっと進みました。
目で見ると本当にわかりやすいですものね。



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父はやはりこの満州の写真集を読みふけっていました。



そうこうしているうちに




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母がお仏壇の引き出しや押し入れの中から、古い写真や手紙を出してきてくれました。
(資料に関しては母の協力が大!)







あまりにも懐かしい資料がそろったので、ついつい見入ってしまうノラ家…。





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やっぱり涙なしには読めませんでした。


ご先祖様の写真や手紙を見るということは、生まれてからの記憶をたどるのとまた違い、
なぜ今じぶんがここにいるのかということをしみじみと考えさせるし
先祖の願いとか「血」を流れる記憶を
思い出すという不思議な感覚です。




ついつい見入ってしまってなかなか進まなかったけど

ようやく実際に絵を描く作業に突入!!





でも、


うう、中国大陸の形がわからない!



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マーくんには地図を借り、(マーくん、夏休みの宿題中ね)





昔の人ってどんなかっこうしてたんや…?




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両親にチェックを受け









「お盆特別企画」は家族の全面的協力を得て進んでいったのでした。








期間中、一番大変だったのは4日目の夜。


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3日目の話をアップしてから東京に行き、宿泊。
次の日はある勉強会に出席して戻ってきたのが夜9時半。

もともと夏バテ気味なところへ、ホテルでは一睡もできなかったので、
新幹線の中で下絵を描いていたら、だんだん気持ち悪くなってきて
ご飯も食べていなかったんです。



今日の更新…無理かも…
もうだめっす…




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おばあちゃんとおじさんたち(父のお母さんと弟たち)の命日に終わらせたい…
でも、12時までの更新は絶対に無理。


このとき、強く励ましてくれたのは姉だった。


「いいやん、今日の日付に間に合わなくても。頑張れ!!」


もし姉の励ましがなかったら、この日は本当にしんどかったから
絶対にできませんでした。

それに、一日に2回更新すると、これほどの労力をかけているだけに、
1回分のポイントしか入らないのは本当はすごく勿体ないことなんだけど
この際、度外視!



そうと決まれば、着替えもせず、ご飯も食べず頑張って一気に絵を作りはじめました。




夜も更けて、重かった胃も治り、ちょっとお腹がすいてきた頃










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お姉ちゃんがおにぎりを握ってきてくれました!!
(ブルーベリーソースをかけたヨーグルトも持ってきてくれました。)


実は、ノラ家では姉はあまりにも忙しいので言ってみれば「男の人」のような立場にあり、

お姉ちゃんにお世話してもらうって、ものすごく珍しいことだったので、ドラ、感激。







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その後も姉はそばにすわって応援。

「お姉ちゃん、仕事大変なんだから寝てよ。」と何度も言ったのですが

「大丈夫。できたのを見たいから。」って…。


ふと途中で横を見ると




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疲れ切った顔でうつらうつらしていた姉の目は

まるで麦のよう




疲れているのにありがとう。


ようやく2時過ぎに更新!!できた~!!


それからお風呂に入ってヨガをして寝たのは4時でした。
(次の日もちゃんと早起きしたよ。)


もともと、家族は私のブログに協力的だったわけではなく、
長い時間PCを触っていると「指導」がくるのですが、
このお盆特別企画だけは、別でした。

それは、ご先祖様の供養にもなると思ったし、
見てくださっているみなさんの応援コメントを家族も読んでいたから
全面的に協力してくれたんです



そんなこんなで、このお盆特別企画は
家族の協力と、みなさんの温かい応援のおかげでできたのでした。


本当に本当ににありがとう!!!


ー完ー



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なんと、今日のお昼に、雲の上の人のような きんととさんのブログで私のブログが紹介されていました。恐縮やら感激やら。
きんととさん、ありがとうございました。



(あとがき)

実はですね、早く亡くなられた父のお父さんとお母さんですが……

姉は父のお父さんにそっくりで、私は父のお母さんにそっくりなのです。

(最近は姉が父のお母さんに背格好も雰囲気も似てきましたが。)

子供二人の顔を見ると両親の顔があったので父はびっくりしたんだとか。


[ 2008/08/15 13:52 ] 父の生い立ち | TB(0) | CM(12)

特別企画ができるまで 

ただいまfc2で画像の閲覧障害が起こっているそうです。もし画像がご覧になれないようでしたら申し訳ありません。また時間をおいてお越しいただければ幸いです。




こんにちは、ノラドラです。

「ノラ家の日常」は、一昨日まで連続5日間、「お盆特別企画」で「非日常」になっていました。

かなり残酷なお話でしたが、みなさんが真正面から受け止めてくださって、私も感動しましたし、一緒にいろいろなことを考えさせていただけました。

また、この企画を通して、家族の絆や何事もない穏やかな日々のありがたみなど、大切なを思い出すことができ、本当によかったと思っています。

応援して下さったみなさんに心から感謝を申し上げたいと思います。
たくさんの力をいただきました。本当にありがとうございました。



もし、まだご覧になっていない方がおられましたら、ぜひご覧になってくださいね。

もう二度と書けない記録です。

<ノラ父の生い立ち ~鎮魂の満州1>
<ノラ父の生い立ち ~鎮魂の満州2>
<ノラ父の生い立ち ~鎮魂の満州3>
<ノラ父の生い立ち ~鎮魂の満州4>
<ノラ父の生い立ち ~鎮魂の満州5 完結編>






さて、今後はいつものほのぼ路線に戻りますが、その前に
せっかくお盆なので2日間は少し余韻を残して、今回の裏話をちょこっと書きたいと思います。



この特別企画を始めるにあたって父への取材から始まりました。
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今までは漠然と聞いていたのでノートに書きとめていくという作業は初めてでした。ブログには載せなかったこともたくさん書きとめられました。

でも、この作業がなかなか大変で…

聞いたことがない地名を耳で聞くだけでは、
いちいち「それ、どんな字?」って感じです。


だいたい、耳慣れない地名がいくつもいくつも出てきて、
父が転校をして国民学校を3つも行っているのでややこしいのなんの。




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なかなか飲み込めなくて、父もイライラ、私もストレス。

それ以外にもあまりの無知さにこの期間、結構しかられましたよ…。

(たとえば、

「お父さん、引き揚げてから学校ではランドセルやった?」

「あほ、何もかもなくして帰ってきてるのにそんなもんあるか。ふろしきじゃ!」

とか、

「お父さん、戦中戦後って、色もののシャツ、あった?」

「あほ、戦時中に色ものなんかあるか!みんな白じゃ。」

とか。

登場人物の描きわけ上、違う色のシャツに塗りたいわけですよ、こっちは。

というわけで、みんなシャツに色を塗っていないのは手抜きではありません。
(実は時間がなくて手抜きもあったりして…。)

まあ、それはいいとして、
最初は言葉だけを音声で聞いていたので遅遅として進まなかったわけ。


そこで、

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クローゼットをあけて満州の本を探します。














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母が執念で探してくれたのは、これ。
父と母も長い間、見ていなかったという満州の本です。

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国書刊行会の「決定版写真集 望郷 満州」と「懐かしの満州鉄道」
箱に入った非常に立派で貴重な本でした。

これらは、一緒に満州から引き揚げ、父の親代わりとなってくれた一番上の叔父さんが
晩年、

「おまえがもっているのが一番いいだろう。」

とくださったのだとか。

叔父さんの直筆や貼りつけた満鉄の新聞記事が残っており叔父さんの形見でもあるのです。

(母方の叔父さんたちはもう亡くなられました。一番下の叔母さんのみお元気で、当時の満州を知るのは、もうその叔母さんと父だけになってしまいました。)





この本には今回載せた鉄道の地図が載っており、
地名と場所の確認にとても役立ちました。
(というか、これがなかったら特別企画はできなかったと思います)
写真もいっぱいあったしね。






これで、一気に進むぞ!




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「ジャムス、ジャムス…」(←北満の地名ね)











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15分経過。
なかなか探せない父…  (字が小さいしね)



進まんぞぉ~…

ふぁ~あ…。


って感じでした。

ーあしたも続くー


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[ 2008/08/14 12:57 ] 父の生い立ち | TB(0) | CM(13)

<お盆特別企画>完結編 父の生い立ち~鎮魂の満州~5 

こんばんは。ノラ家です。
「ノラ家の日常」はただいま、「お盆特別企画」として、ほのぼの路線を離れ、

「ノラ家の日常」になっています。

愉快な話ではありませんが、ノラ家にとってとても大切なお話ですので、せっかくのご縁で訪れてくださった皆様には少しお付き合いいただければ幸いです。

今日初めて訪れて下さった方は、どうぞ
<ノラ父の生い立ち ~鎮魂の満州1>
<ノラ父の生い立ち ~鎮魂の満州2>
<ノラ父の生い立ち ~鎮魂の満州3>
<ノラ父の生い立ち ~鎮魂の満州4>からご覧になってください。

また、これまで読んでくださり、温かい応援をいただいた皆さん、本当にありがとうございました。
5日間にわたったお盆特別企画もついに今夜完結です。






<ノラ父の生い立ち ~鎮魂の満州~完結編>


昭和29年、ついに北満の母親と弟たちの消息を知らせる一通の手紙が遠く離れた東北から届きました。

これは、父のお母さんが、同江(どうこう)で同じ宿舎に住んでいたこの方に、「自分たちにもしものことがあったら、内地の親族に知らせてほしい」と頼み、住所を交換していたからではないかと思われます。

この方のご家族と、父の家族は同じ集合住宅に住んでおられたそうで、子供同士が同級生だったのでよく遊んだそうです(父のすぐ下の弟とその方の息子さんが同級生でした)。


南満から引き揚げた父らの一行も草河口(そうかこう)から山に入るときに、安東(あんとう)から来た人と合流し20人くらいの集団で歩いた際、お互いにもしものことがあったら内地の本籍地に連絡してほしいと住所を交換しておいたそうです。





8月9日、ソ連が満州国境より侵攻したという知らせに、北満の日本人は兵隊さんの護送の中、南へ南へと逃げました。同江にいた父のお母さんと弟たちもこの行軍に加わりました。


この時、ノラ父のお母さんは、幼い子供を二人かかえ、自身は身重、それも臨月を迎えていました。

まさに出産のために病院に入っていたところ、ソ連の侵攻があり十分な準備もできずに逃げなければいけなかったようです。


頼りにしていた夫は、警察官だったため軍隊と行動を共にしており、任務のため別の日本人集落の護送にあたっていました。


お母さんはどれほど心細く情けなかったことでしょう。そしてお父さんもどれほど自分の家族が気がかりだったことかと思います。



さて、最初に着いた昭和29年の手紙では、母親と弟たちは、富錦(ふうきん)までは来ていたということを伝えていましたが、はっきりしたことは言わず、「その後は行方不明」とにごしていたそうです。



その後、父は知りたいことを手紙で書いて送りました。

その質問に対する返事として送られてきた昭和30年1月1日付の手紙にはこのように書かれていました。

それでは、全文を掲載します。







拝啓

過日はお手紙ありがとうございました。
お尋ねの件、早速申し上げます。


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(1)20年8月9日、私たちは同江を出発しまして、翌日、10日午後、富錦(ふうきん)につきました。
富錦街から佳木斯(ジャムス)に向かう途中、馬車が五、六十台も続いてあなたのお母様、弟様たちの乗られた馬車が私たちの馬車と後になり先になり、顔を合わせていました。
(同江では同じ住宅でしたから存じていました。)





馬車2

満州の馬車は2輪です。馬車と言っても立派な馬車ではなく、板だけの6、7人が乗れる程度の馬車でした。



連日連夜の土砂降りの雨、馬車は壊れ、馬は疲れ、

5歳以下の子供たちのみ馬車に乗せ、皆歩くよりほかなく、泥道は

膝までも深く、弱い者は次第に落伍していきました。








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多くの人は、当時、防空頭巾をかぶっていましたが、病院に行っておられた故か、

なにもかぶらずに髪も乱れて、奥様も、お産前の御身、大分お苦しそうでした。

雨に濡れた苦しそうなお母様のお顔が今でも目に浮かびます。

二人の子供さんはたしか頭巾をかぶっており、おとなしくお母様のそばに座っておりました。




その夜は12時ごろでしたが、満人の家に泊まり(お母様たちとは家は別でした)、火をたき、着たものを乾かしました。




翌朝11日は早く出発、雨の中を馬車が先になり、後になり、ときどき見受けました。


前日より馬車は数少なく、長男のみ乗せ私は次男(当時9か月)を背に歩きました。

次第に、落伍者がでました。



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夜、真っ暗やみ、泥のぬかるみに靴は取られ、素足で夜、集賢鎮の警察署につき、やっと夕食をいただきました。





(2)8月12日、夜9時ごろ、富錦県集賢鎮(しゅうけんちん)警察署に着いたとき、お母様は見えませず、護送に当たった兵隊さん(名前がわからず申し訳ありません)に聞くと、ノラ様のお母様はお産のため山の中に入り、お産が重くて死亡されたのを見届けたと言われました。


二人の子供さんもお母様とともに馬車から降りられたと思いますが
その後のことはわかりません。





たぶん子供さんたちも共に兵隊に殺されたのではないかと…これは私の想像なのですが。
その兵隊さんも集賢鎮にも着かず、内地にも帰られていません。



同江を出発する際お産3日目の奥さんも殺され、子供さんも(4歳くらい)も同じ運命でした。
その兵隊さんも集賢鎮にも着かず、行方不明で、生死がわかりません。




富延崗(ふうえんこう)ではかなりたくさんの子供さんたちが兵隊さんとかその他の方に頼んで殺されたと後で聞きましたが、

「行軍するかそれより死んだ方がよいか」と母に尋ねられ
「死んだ方がよい」と答えた子供たちは次々と亡くなったそうです。


でもそれは、最悪の場合なので、弟さんたちはあるいは中国人の手に育てられて
おられるかもしれません。




数キロの後に、ソ連の戦車が迫ったと聞き、空からは飛行機に追われ、
日に夜をついでの行軍、 夜は不気味な探照燈の光。

雨でびっしょり濡れた衣服、着替えもなく食物もなく、夢中で歩きましたが
私も二人子供を連れて苦労しました。
次男は十月に新京で肺炎で亡くなりました。なんの手当てもできずに…。


はっきりしたことをお知らせできませんで、非常に残念でなりません。
乱筆乱文お許し下さいませ。

祖母上様、叔父上様によろしくお伝えくださいませ。
                         
                                   敬具




なんという残酷な知らせでしょう。

この方の、後の手紙にもこういうくだりがあります。


「昭和28年、仙台市の未帰還者の合同調査があり、行った際、やはり元、同江におりました奥様のお話では、私たちより遅れ、依蘭の方へ行軍された際、10歳以下の子供さんはみな、首をはねて殺されたとのことでした。

その他、満州では多いのですが、湿地帯の深い沼の中に赤ん坊を沈めたり、川を渡る途中、川の中に小さい子供はみな流してきたとか。

その後、避難民の収容所に着いて落ち着くと子供の泣く声が耳について気が狂いそうだと話していたそうです。

まったく、平和なときには考えられない地獄絵図でした。」






ノラ父のお父さんは、シベリアから帰ってきたあと自分が護送した日本人の行軍の様子を父に語っていたそうです。

やはり、弱い子供は歩けなくなり、母親が「このまま歩くのと天国に行くのではどちらがよいか」と聞くと、子供は「天国にいくほうがいい」と答えました。

すると母親は「天国はおいしいものも好きなだけ食べられて、とても良いところだから、必ずあとから行きますから先に行って待っていなさい」というと、子供は納得したように、正座して両手を合掌し、兵隊さんに首を切って殺してもらったそうです。





この方の手紙はこのように続いていました。



「避難民の中で、お産のときは子供さんをなくすか、母子ともになくなり、本当に気の毒でした。
私たちは二十一年九月に帰りました。

同江在住の帰還者名簿ができないのでわかりませんが、同江に日本人はだいたい四百名くらいおったように聞きましたが、内地に帰った人はその三分の一くらい、正確に死亡がわかった人は少なく、大部分行方不明なのです。」






こうして、ノラ父のお母さんと弟たちは、富錦(ふうきん)までは来ていたことは確かですが
富錦から集賢鎮(しゅうけんちん)の間の荒野で果てたようです。




おそらくは、長い間馬車に揺られて具合が悪くなり、あるいは途中産気づき、
もう逃げられないと悟って、兵隊さんと山の中に入ったのでしょう。

死が迫る中胎動する新しい命…なんという皮肉!


実は松花江に沿った一帯は、背丈ほどの草地が広がる湿地帯で、中国人の小高い墳墓があるばかりで山はないそうです。

「山の中に入る」ということは、自決を意味しています。



これはノラ家の解釈ですが、

当時の感覚からすると、
子供を残して辛い思いをさせるよりも自分と一緒に死んだ方がよいと考えるのも自然な感情で、

ソ連兵に殺されるよりは、腕に抱きしめて看取りたいと思うのが母の心情ではなかったかと考えています。





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おそらくは二人の死を見届けてから
自分は兵隊さんに首を切ってもらったのだとノラ父は考えています。


でも、お母さんはきっと、最後に
長男(ノラ父)は自分たちと一緒にいなくてよかった、
南満の実家に託して本当によかったと思ったに違いありません。







そして、死の前にきっとこう念じたはずです。







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「どうか、あの子だけでもお守りください!!!!」





母の死の直前の祈りが自分を災いから守り、なんとか元気に命を永らえることができているのだと父は信じています。





このように肉親と早く別れなければならなかった父ですが、その後母と出会い、家庭を持つことができました。



新婚の頃、父は食事のときに言ったそうです。


「これが 幸せっていうものなんやね。」

と。







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その後、かわいい子供(笑)にも恵まれて

今は退職し大将の席で悠々と好きな本を読んでいます。


食いしん坊で「くれくれくまちゃん」なのも、
病気になると世話がかかるのも
子供のころ早く両親と別れ、親戚の家で年の離れた従妹たちと育ったので十分に甘えることができず、自分のことを一番に考えてくれる人がいなかったせいなのでしょう。


残された余生、父が最後に振り返った時に
良い人生だったと思えるように、周りの者は大切にしてあげないといけません。


さて、お気づきだと思いますが、この手紙からすると、父のお母さんと弟たちの命日は
8月12日、今日なのです。
ノラ家では全員そろってお仏壇の前で供養をしたいと思います。




5夜連続のお盆特別企画、いかがでしたでしょうか?


とても残酷で悲惨なお話でした。
私はこの手紙を中学生の時に読んでもらい、とても衝撃を受けたことを覚えています。


戦争というと、このような残酷な話はいくらでもあります。
悲惨さを伝えることももちろん大切ですが、ノラ家は、まずはじめに
苦労をされたすべての方々に感謝し、哀悼の誠をささげたいと思っています。


そのためには、

過去を忌み嫌うのでもなく、断罪し切り捨てるのでもなく、

愛おしむ気持ちで、すべてをひっくるめて受けとめ、

「ご苦労様でした。ありがとうございました。」と

お墓の前で石を一つ積み上げるような敬虔な気持ちがぜひとも必要なのではないかと思うのです。


「誠」とは、後世の私たちが天に恥じない生き方をし、よりよい日本をつくっていくということではないかと思っています。
自分にできることを自分のできる範囲で。








重苦しい話を長い間読んで下さり本当にありがとうございました。


ー完ー


五日間、応援ありがとうございました。
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[ 2008/08/12 21:00 ] 父の生い立ち | TB(0) | CM(19)

<お盆特別企画>父の生い立ち ~鎮魂の満州~4 

こんにちは。ノラドラです。
「ノラ家」はただいま「お盆特別企画」4日目です。

いつものほのぼの路線に戻るまで、あと1日。完結編まであと1日です。
ノラ家にとってはとても大切なお話ですので、

せっかくのご縁で訪れてくださった皆様には少しお付き合いいただければ幸いです。

今日初めて訪れて下さった方は、どうぞ
<ノラ父の生い立ち ~鎮魂の満州1>
<ノラ父の生い立ち ~鎮魂の満州2>
<ノラ父の生い立ち ~鎮魂の満州3>からご覧になってください。





<ノラ父の生い立ち ~鎮魂の満州~4 孤独の日々>




日本に帰ってからも、父の家族の消息はわかりませんでした。
ソ連との国境近くにいた者は助からなかったということは推測できました。
でも、父は待ちました。祖母と一番上の叔父さんの家で厄介になりながら。

必ず帰ってきてくれると信じて。

でも、やっと安全な内地に戻ったにもかかわらず、
待つ父の日常も穏やかなものではなかったのです。


父は3年生の2学期から学校に行っていなかったので、本来ならその学年をもう一度やり直さなければならなかったところでしたが、田舎ということもあり、4年生の2学期の途中から
新しい学校に通いはじめました。




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引き揚げ者で転校生、よそ者の父は目立っていました。










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上級生が、やんちゃな子をけしかけて

「おい、あいつ(ノラチチ)と喧嘩したら勝てるか?」と聞きます。

その子は
「うん、勝てるよ」と応えると

「じゃあ、証拠を見せろ。」











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仕掛けられた喧嘩、口だけなら相手にしない父も、いきなり殴りに来たら応戦するしかありませんでした。

満州では喧嘩のとき、顔を殴らない、殴っても平手、という暗黙のルールがあったのですが、
こちらの田舎では、いきなり目や鼻をこぶしで殴ってくるというもので、
なんと野蛮だろうと父はびっくりしたそうです。









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そのため、父が柔道や相撲の技で相手を地面に倒し、押さえつけて勝利するまでには
こちらも相当のダメージを負ったそうです。










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上級生がありとあらゆるやんちゃ者に喧嘩をたきつけ、
それに応戦するという、ケンカ三昧の日々が続きました。









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父は成長が早く、身体が大きくて、1学年上のものになら勝つほど強かったので
イジメにはならなかったそうですが、もし、ケンカが弱かったら
大変なことになっていただろうといいます。

結局、4年生の2学期から、序列が決まり父が最終的に勝者になる5年生の
終わりまで修羅の日々が続きました。

実に不愉快な日々で、父は孤独だったそうです。







そんなある日




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なんと、消息不明だったお父さんが帰って来たのです!

お父さんはソ連の捕虜になり、シベリア収容所に入っていたそうです。

昭和22年10月のことでした。

シベリア抑留者の過酷さは、みなさんも聞いたことがあるでしょうか。
60万人の抑留者のうち、公的に発表されているだけでも1割、6万の日本人が亡くなっています。
(実際にはもっと多いそうですが。)

最後の抑留者が解放されたのは昭和31、2年頃。すでに日本が復興を遂げていた頃も、
戦争は終わっていなかったことになります。



父のお父さんの帰還はシベリア抑留者の中では早いほうでした。

しかし、栄養失調でやつれた姿が、シベリアでの厳しい生活を物語っていました。



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お父さんは妻と二人の子供が戻ってきていないことにやはりショックをうけたようでした。

日本に帰れば妻子に会えるかもしれないという一縷の望みが、シベリアの過酷な生活を耐える支えになっていたでしょうから…。




父のお父さんは三重県出身の人でしたが、しばらく療養した後、
大阪の兄の所に厄介になり、働くことになりました。

ノラ父も、お父さんと部屋を借りて一緒に大阪で暮らすという選択肢もあったのですが、お父さんは働かなければならず、女手もないことから、やはりこのままおじさんの家にとどまるほうがよいという結論になり、また親子が離れ離れに暮らすことになりました。(そしてお父さんは仕送りを送ってくれていたようです)




やがて、父は中学生になりました。


この頃、叔父さん夫妻に赤ちゃんが生まれたのですが、かわいそうなことに奥さんは出産間もなく、病気で亡くなってしまいました。

今のようにミルクがある時代ではなかったので、近所に「もらい乳」にまわらなければなりませんでした。

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思春期の父にとって、赤ん坊をおぶい紐で背中にくくりつけられて、近所をまわることは
同級生たちの手前、大変恥ずかしいことだったと今も述懐しています。








また






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叔父さんは叔父さんで妻を亡くし、家族の生活を支えるため大変だったと思いますが、
当時の父は家の中で、疎外感を感じていたそうです。













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そして





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お父さんは最後まで妻子の消息を知らないままでした。



翌29年、

母親たちの消息を知らせる一通の手紙が届いたのです。



ーつづくー


みなさんの応援が描くエネルギーになっています。
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帰りが遅かったので日付は変わってしまったけど、夜のうちに作ったよ~…ゼイゼイ…。
これで、一応4夜連続(笑)。





[ 2008/08/12 02:10 ] 父の生い立ち | TB(0) | CM(7)

<お盆特別企画>ノラ父の生い立ち ~鎮魂の満州~3 

お盆特別企画 第三弾!!


こんにちは。ドラです。
「ノラ家」はただいま「お盆特別企画」3日目です。

少しの間、日常を離れ、ノラ父の秘密について語っています。

いつものほのぼの路線に戻るまで、あと2日間ほどかかりますが、ノラ家にとってはとても大切なお話ですので、

せっかくのご縁で訪れてくださった皆様にはよろしければ少しお付き合いいただければ幸いです。

今日初めて訪れて下さった方は、どうぞ
ノラ父の生い立ち ~鎮魂の満州1
ノラ父の生い立ち ~鎮魂の満州2>からご覧になってください。




<お盆特別企画>ノラ父の生い立ち ~鎮魂の満州~3 憧れの内地へ!?


さて、昨日の記事ではよくわからかなったと思いますので補足させていただきますと、

要は、父らの一行は、日本人を返さない方針の八路軍側から、日本人を返す方針の国民政府の側へやってきたのです。

国民政府の側の宮原(みやのはら)まで行けば、帰れるぞという話があったそうです。

宮原(みやのはら)の収容所は、国民政府が治安維持のために運営している収容所でした。

ここでのコレラ流行がようやくおさまり、父らの一行は、夏の終わりに出発を許されました。



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そこからは鉄道がつながっているので、汽車で奉天(ほうてん)へ。
そこで北奉天の収容所に入り、半月ほど留め置かれました。



その後、満州の大動脈である連京線(大連ー新京をむすぶ線)を汽車で下り、
錦州(きんしゅう)というところへ。これはもう大連のすぐ近くです。

錦州の収容所には1週間近く入ったそうですが、これは、ほとんど帰還船の順番待ちのような期間で

「ここまで来たら帰れるぞ」

という希望が出てきたそうです。

それから大連の近くのコロ島というところから

引き揚げ船「新興丸」(3000tクラスの船)に乗りました。

そこから4昼夜か5昼夜で、博多に到着

(引き揚げ船は博多か佐世保、舞鶴、新潟などに到着したそうです。)

9月10日頃のことでした。


でも、すぐに船からは降りられるわけではありません。

日本に病気を持ち込まれないために「検疫」があり、
検査のために1泊か2泊、留め置かれた記憶があるそうです。

そして
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ようやく船を降りたときにDDTをかけまくられたのが印象的だったそうです。


また、情報収集のために後ろに風景が映っている写真はすべて提出させられました。
父の一家はこのことを噂で聞いていたので、先に風景を切っておいたので没収されずにすんだそうです。

博多駅につくと、帝国大学の学生さんたちがボランティアで引き揚げ者に対して
「引き揚げ、お疲れ様でした」と湯茶のサービスをしてくれたそうです。



ところで、満州生まれの父にとっては初めての内地でしたが
その印象は…。

汽車がマッチ箱のように小さいなあ…。

くすんだねずみ色の瓦と、みすぼらしい木造の家。

なんとあかぬけない街だろう…


と思ったそうです。

「内地、内地」と憧れをもって聞かされていたので
「なあんだ、こんなものか」と子供はみんな思ったそうです。


こうして、父の一族は、博多から、汽車に乗りました。



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彼岸花 彼岸花2



途中、線路のわきに、田んぼのあぜ道に真っ赤な花がたくさん咲いており、

それがどの土地にいっても、どこまでも続いていたことが子供心に強く印象に残ったそうです。


「この赤い花は何の花だろうな。満州にはなかったけれど…」


ーそれは、彼岸花。


父は彼岸花の季節になると、いつもこの引き揚げのことを思い出すそうです。





大阪で叔母夫婦と別れ(叔母夫婦は夫の実家の新潟へ)、

父らが、和歌山の西牟婁郡(当時)に残していた祖母の家に到着したのはS21年9月18日。

(ほとんどの人は満州に渡るときに家を売るなどしたため、内地に帰ってからは親戚を頼るしかなかったそうですが、祖母や叔父たちは、よく内地の家を残していたものだとつくづく思ったそうです)。



鶏冠山を出てから4か月以上の流浪の旅が終わりました








それでも、北満の引き揚げの苦労に比べれば、南満州の引き揚げ者はまだまだマシでした。

それも、国境にいたお母さんや弟たちの苦しみに比べれば
……。。。。








こうして、父は祖母と叔父たちの家で過ごし、家族の帰りを待ちました。






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お父さん、お母さん、弟たち… みんなどうしているんだろうか…

早く帰ってこないかな…



もうこの頃には、大人たちは、いろいろな人の情報から、北満の国境地帯にいたお母さんと弟たちはダメだったのではないか…という推測ができていました。



父の祖母は、死ぬまで悔いていたことがあるそうです。



実は、終戦前、ノラ父のお母さんは4人目の子供を身ごもっていました。

それで、実家の母に、「実家で出産したい、戻りたい」という趣旨を伝える

手紙を書いてきていたそうです。

でも、鶏冠山の実家には、すぐ下の弟のお嫁さんも出産を控えていました。



昔の人は、

同じ家で二つの出産があると、勝ち負けがつく、片方にはよくないことが起こると信じていました。

だから、その家で妊婦さんがいると、ネコでも(身ごもっていると)よその家にもらってもらったりしたそうです。
(あ、いけない、ノラ家もネコだったわ!)



そういうわけで、娘に実家に戻ることを許さなかったのだそうです。

もし、ノラ父のお母さんが南満州の実家にさえ戻ってきていれば、きっと一緒に助かったはずでした…

これが母親として生涯消えることのない後悔の念となって残ったそうです。

悲しいことですね。



ーつづくー


みなさんの応援が描くエネルギーになっています。
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いつも最後までありがとうございます。
今日はイラストは少なめで、わりと穏やかなお話でした。

次の話では、お父さんの消息がわかります。

お母さんの消息については最終日・完結編です。これは必見です。
もう少しお付き合いくださいね。



今日は出かけます。帰ってくるのは明日です。
その間みなさんのところへコメントは書けませんが、今から応援に行きますね。




[ 2008/08/10 08:13 ] 父の生い立ち | TB(0) | CM(11)

<お盆特別企画>ノラ父の生い立ち ~鎮魂の満州~2 

お盆特別企画第二弾!!

こんにちは。ドラです。
「ノラ家」は昨日より、「お盆特別企画」として、少しの間、日常を離れ、

ノラ父の秘密について語っています。

完結まではあと4日間ほどかかると思われ、その間、ほのぼの路線ではなくなっていますが、
ノラ家にとってはとても大切なお話です。

せっかくのご縁で訪れてくださった皆様には少しお付き合いいただければ幸いです。

今日初めて訪れて下さった方は、どうぞ昨日の
ノラ父の生い立ち ~鎮魂の満州1> からご覧になってください。





<お盆特別企画>ノラ父の生い立ち ~鎮魂の満州~2 引き揚げ決行!!




父は7歳で家族と別れ、母方のおばあちゃんのいる鶏冠山(けいかんざん)に行きます。



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母方の二人の叔父、そして叔母は満州鉄道(以下、満鉄)の社員でした。




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父が来る少し前に、祖父が亡くなっていたので、この家には
祖母と、父の母親の弟妹、つまり、長兄の叔父夫婦、独身の叔父2人、叔母が一人いました。




これが父が2年生2学期から通った南満の鶏冠山国民学校です。

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さて、



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お母さんは、鶏冠山の実家へ息子をお願いする趣旨の手紙を送っていますが、その中で、息子が去った後、「さみしくてしばらく食事がのどを通らなかった」と書いています。

そして、息子(ノラ父)を案ずる細やかな心情が書きつづられています。

(手紙は形見分けで残っています)



一方、父はというと…

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水を得た魚のようにイキイキと大将気分を満喫!

同江の小学校とは違い、ここでは2年生のノラ父が掃除班長で、上級生の女の子たちに指示を出し先生に報告する役をさせてもらえたそうだ。
自分の言うことを上級生の女の子はハイハイと聞いてくれて大満足だったとか。(ちっ!)

親の心、子知らず ですね。




でも、やがてあの日が来ます。

昭和20年8月6日、広島  8月9日、長崎。

二つの原爆を受け、瀕死の日本に対し、

8月9日  ソ連軍が国境より満州へ侵攻。 

(それは63年前の今日のことでした。)



北満、それも、国境にいたお母さんや弟たちはいったいどうなったのでしょう…?



そして、8月15日、終戦。



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次の日、父たち小学生も学校に集められ、先生から
日本が戦争に負けたこと、2学期から学校がなくなるであろうことを聞かされました。


鶏冠山(けいかんざん)の一家は、消息のわからない北満の同江(どうこう)の家族を案じながら21年5月まで留まりました。

敗戦によって満鉄は日本人のトップがすべて解雇され、中国人のものになり、その他の日本人社員もどんどん解雇され難民化していく中で、技術者で中間管理職だった二人の叔父は満鉄を解雇されていなかったことも日本に帰るのを遅らせました。

しかし、

「日本人がどんどん内地へ帰っているぞ」

「このままだと日本へ帰れなくなるぞ」

と日本人の間でささやかれはじめました。

長兄の叔父は逃げやすいように日本人が帰るときに必ず通る草河口(そうかこう:父の出生地)に
転勤願いを出し、一家は鶏冠山から草河口の社宅に移ります。

下の叔父は安東に赴任していましたが、肺病の母親の見舞いと偽って休暇を取り、合流。


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異動から3日で、「今しかない!」と、一族で引き揚げを決行したのです。

S21年5月上旬のことでした。


当時大陸では、蒋介石(しょうかいせき)率いる国民政府と、毛沢東(もうたくとう)率いる共産党の八路軍(はちろぐん)が闘っていました。
そして八路軍は南満州にいました。

初めから国民政府の方にいた日本人は鉄道で早期に財産や荷物を持って逃げることができましたが、父らは、

日本人を返さない方針の八路軍の側にいたこと、

鉄道が分断されて徒歩で逃げなければならなかったこと

などの理由で、内地への帰還が遅れ、荷物をほとんど持たずに難民のような状態で引き揚げをすることになりました。

南満州は鉄道の破壊が激しく、安奉線(あんぽうせん)とよばれる路線が分断されていました。

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そのため、草河口から山の中を逃げなければなりませんでした。
安東から来た日本人と合流し、20人ほどの集団で山の中に入りました。




しかし、集団の中に地理に通じた元陸軍の青年将校さんがいたのが幸いでした。
「私が、みなさんを責任を持ってご案内します。」
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この将校さんが先頭を案内してくれたからこそ、5日間、無事に山の中を歩けたのだそうです。


宮原(みやのはら)というところに出たところで、
父らの一行は収容所に入ることになりました。



ところが

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この収容所でコレラが流行し、日本人がバタバタ死んだそうです。

敗戦から9か月、職を失い、難民化し困窮していた者はコレラに対する抵抗力はありませんでした。



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山を案内してくれた若い将校さんも奥さんと5か月の子供を残して亡くなりました。

父の一家が一人も欠けなかったのは、直前まで職があり、困窮していなかったからでした。

コレラがおさまるまで父らは夏中収容所に留められました。


ーつづくー


ゼイゼイ…。頑張っています。。。

応援お願いしますね~
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国境のお父さん、お母さんと弟たちの消息を見るまでは、ぜひ続けて来てね。

明日は一日留守にします。帰ってきませんので予約投稿のぶんを作っておきます。
コメントのお返事は遅れるのでごめんなさい。

明日も来てくださいね。

(補足)
満鉄技術者だった叔父二人は召集されませんでした。
一番下の叔父のみ、志願して戦争に行き、父らが引き揚げの時には戦死していたそうです。



[ 2008/08/09 16:15 ] 父の生い立ち | TB(0) | CM(8)

<お盆特別企画>ノラ父の生い立ち ~鎮魂の満州~1 

こんばんは。ドラです。
本日より、「お盆特別企画」として、「ノラ家」は少しの間、日常を離れ、

ついに、ノラ父の過去について語りたいと思います。

完結までは5日間ほどかかると思われ、その間、ほのぼの路線ではなくなりますが、

ノラ家にとってはとても大切なお話ですので、せっかくのご縁で訪れてくださった皆様には
少しお付き合いいただければ幸いです。

どうぞ、よろしくお願いいたします。


<お盆特別企画>ノラ父の生い立ち ~鎮魂の満州~1



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父の母方の親戚が、一族そろって満州にわたり、鶏冠山(けいかんざん)というところに住んでいた。
父の両親は満州で出会い、結婚。
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父はノラ家の長男として鶏冠山にほど近い草河口(そうかこう)というところで誕生。
(まあ、まーくんそっくり!)






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でも、入学した夏休みに、父親がすぐに北満の同江(どうこう)というところに転勤。


父のたどった場所をおさらいすると、こんな感じ。
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同江は、満州の最も北、ソ連(当時)との国境の町でした。

その前の西安は大都市だったので国民学校も大きく、学年の人数も多く、クラスも男女別に分かれていました。

ところが、1年生の2学期から行った同江の学校は同じ学年は5人ほどしかいない田舎の小さな学校。
しかも



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有力者を父に持つ6年生の女の子と5年生の女の子が絶大な権力を持ち、あらゆることを指図し、男の子は完全に抑え込まれていたとか。
父はそんな雰囲気が嫌で嫌でしょうがなかったそうです。(1年生のくせに!!!)

そんなことくらい何を言ってるんだろうと思うんですけど、
時代が違うので、当時の雰囲気では、女の子が偉そうにすることはありえないことだったらしいですよ。

それで、


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父は、おばあちゃんのいる鶏冠山の都会の学校に行きたい!と強くダダをこねて
母親を困らせたらしいです。

(言い出したら聞かなかったということは容易に想像できる…)


そして両親もついに折れた。


結局、これが運命の分かれ道となる。



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国境の同江から南満の鶏冠山には、船、汽車を乗り継いで3昼夜。
父親がつきそって、鶏冠山まで連れていくことになりました。
富錦(ふうきん)というところまでは、大きな船で下ります。(ミシシッピ川を行くような水車のある大きな船らしいです)

お母さんと弟たちは富錦(ふうきん)まで見送りについてきました。





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S19年9月。

このとき、父、7歳。

(弟は2歳と1歳。)



そして





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これが永の別れとなりました。


ーつづくー


応援、いつもありがとうございます。
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この話、ネコで書いていいんでしょうか…?

頑張って描くので明日も来て下さいね。

そうそう、いつもコメントをくださる皆様(笑)
こういう重たい話題のときは、コメントは気にしなくていいですよ。

見て下さるだけでうれしいです。



[ 2008/08/08 17:29 ] 父の生い立ち | TB(0) | CM(11)

読み聞かせ魔 

こんばんは。ノラドラです。
関西は曇りで、少し過ごしやすい一日でした。相変わらずセミはうるさいけれど。
(マーくんは22匹めのセミをとりました。)

さて、今日はふだん仕事の帰りが遅いのであまり登場しないノラ家のお姉ちゃん(マーくんのお母さん)のお話です。あら、めずらしい!
(一度だけ姉のお話あったけどね。「姉のリラックスタイム~ポポちゃん!~」)

ノラ家の全員に見られる習性ですが、特に姉に顕著な習性について。

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夜更けのテレビで生き方や考え方に感銘を受けるような人が出てくると、




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さっそく購入。
夜更けに読んだり、休日にまとめて読んだり…





特に休日の夜になると…
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ほら、来た来た…





本の読み聞かせが始まりました。
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「おおっ!」と思ったことは教えずにはいられない性質のようで…。

たしかに、ぜひみんなに聞いてほしくてやってきただけあって、
内容はすごく感銘を受けるものです。
一同絶賛。





でも、



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それがどこまでもどこまでも、止まらないとしたら、どうする~…?

困ったゾ…。自分のことができない…。。。。

姉は間違いなく「読み聞かせ魔」です。

ー完ー

応援、いつもありがとうございます。
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この読み聞かせ、あまりにも忙しい姉のストレス解消であり、楽しみのようなので、みんな結構つきあいます。

でも、家族のすべてのメンバーが「読み聞かせ魔」なので、情報は4倍速で入ってきますよ。

最近読み聞かせられたのは日本電産の社長・永守重信さんの2冊の本でした。









経営不振に陥った企業を買収し子会社化するのですが、なにがすごいって、決して社員をリストラせず、独特の経営哲学で再建してしまうこと。「雇用こそ、最大の社会貢献」という姿勢もすばらしい。

3Q6S」という理念があって、を6S は整理・整頓・清潔・清掃・作法・躾で 3QはQuality Worker,Quality Company,Quality Products。
「絶対にラクして儲けたらあかん」「人の二倍働いて成功しないことはない。倍働け。」という永守さんのお母さんの教えが経営哲学の根幹をなしているようです。

この本、教育論としても面白いし、生き方としてかなり参考になります。(なかなか真似はできないけど…)
成功する人の生き方考え方はやっぱりすごいわぁ。
とにかく熱い人でした。



[ 2008/08/07 18:49 ] 姉のお話 | TB(0) | CM(12)

鎮魂 

こんにちは。ドラです。

前回とはうって変って、
(はやく、コンデンスミルクの記事を覆い隠さなければ…)

今日は、真面目に行きます。







63年前の8月6日、広島。


たくさんの尊い命が失われた日。




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ノラ家も朝、全員で黙とうし、鎮魂の祈りを捧げました。



犠牲者の方のご冥福を心よりお祈り申し上げます。



また、私たちが今後どのような生き方をすべきかを考えていきたい思います。



これに関連しまして、ただいまお盆特別企画として、ノラ家の父の生い立ちのお話を作成中です。
なかなか気合いがいります。



応援よろしくお願いしますね。
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この「ノラ家」、どうということのない日常に、ときどきアホ話、真面目な話、感動する話など思いつくまま描いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。

また明日から普通の複数コマで再開しまーす。

[ 2008/08/06 15:46 ] 祈り | TB(0) | CM(13)

コンデンスミルク(練乳)の思い出 

こんばんは。ノラドラです。
いつも使っていた画像処理ソフトが入ったPCは依然、復活せず、
今日は新しく画像処理ソフトのお試し版をダウンロードしてみました。

全然違うソフトになっていて、まだちょっと使い方がわかっていないので
これはこれでかえって時間がかかりました(ふぅ)。




さて、今日母から聞いた話。
聞きたてホヤホヤです。

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今日みんなでデザートを食べていたとき、母がこんな思い出を語りました。
(父は食べるのに夢中で聞いていない)

それはコンデンスミルク(練乳)に関する、こんな話でした。



母が高校時代に合唱コンクールに出た帰りに,

合唱部のみんなで、かき氷のお店に寄ったそうです。




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ふと、のれんの奥を見ると、お店の人の作業が見えたのだそうです。







そこに見たものは…








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「!!!!」





さらに…








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それはそれはぞっとするような光景だったそうな…



そういえば、今でこそ、コンデンスミルクはチューブ入りになったけど、
少し前までは、缶に入っていて、缶きりで2か所穴をあけていたっけ。


なつかしいですね~。昭和の思い出ですね…



ー完ー

応援、いつもありがとうございます。
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<ちょっと解説>

コンデンスミルクの缶には2か所穴をあけました。片方は空気穴でもう片方から出します。
だんだん練乳が固まって出なくなってくるのですが、片方の穴を口で吹くと、ぶわっと出るのですね。
私も、おばあちゃんの家で、片方の穴からぷうっと吹くと、コンデンスミルクがぶわっと出るのを始めて見たときは(そんなわざがあったのか)と子供心にびっくりしました。

(これを覚えているのは若くても30代かも。。。)

[ 2008/08/04 20:54 ] 母のお話 | TB(0) | CM(14)

父の健康対策 ー新しい作戦!ー 

みなさん、覚えておられるでしょうか…
父には弱点がありまして…実は、かなりの健康不安があるのです。

初めての方はこちら↓
  父の弱点
  追いつめちゃダメ!

病院には絶対に行きたくないのです。

そこで

新たな作戦を始動させました。



まず、私が行っているヨガ教室で、父と同世代の方に相談してみました。


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「それ、ガンになるで。」

と、言われてしまいました。。。。

ガーン…





で、









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これは、さすがに効いたようです。ビビっていました。

そして私と母との説得の結果



病院がイヤなら一緒にヨガをしましょう!

ということになりました。






だいたい夜の9時~9時半に集合です。
父のやる気を出させるために母も一緒にやります。



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でも、ステテコ姿のままの父。

「もしもし、そんな格好でするのですか?」(←先生口調)

「イヤよねえ…」





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素直にジャージだけはいてきました…。

「始めまーす」

というわけで、私が先生役になってみんなでヨガをするようになったんです。
(私も去年の8月から始めた初心者ですが…)









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でもねぇ…





3人でやるのって…









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ー完ー

ついに、しぶしぶ始めましたよ。
(娘の言うことなんか聞きそうもなかったのに)
よっぽど病気が怖いらしい。。。
父のヨガ、続くかどうか…。


おまけソフトで3日目、頑張りました。今日のは長かった。。。かなり気合がいりました。。ゼイゼイ…
がんばるぞ~!


応援、いつもありがとうございます。
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[ 2008/08/03 14:12 ] 父のお話 | TB(0) | CM(7)

不思議なセミ 

おはようございます。
旧PCが壊れて、新PC付属の簡単ソフトで作成二日目でございます。
ゼイゼイ… (←ウソ)

なんとかできてる?




昨日の朝のことでした。
二階の窓の前で父がなにかブツブツ言っているなと思っていたら、
起きてすぐにクマゼミを捕獲したようです。

(初めての方は、ノラ家のセミの取り方を見てね。 →セミ初鳴き・初捕獲


そのクマゼミ、捕まえられる時、「ジジッ!!」とも言わずに、
虫取り網の中に入っても、今まで通り、「シャアシャアシャア…」と鳴いていたそうです。
(ふつう、網に入ったらシーン、とおとなしくなります)

(ここからは父の心の声で、どうぞ…)

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袋の中で、「ジジジジ…!!」と暴れまくるセミならいたが…

普通に鳴き続けるとは、珍しい…

こんなセミは初めてだ…。




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気に入った。逃がしてやろう…








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なんと…

普通のセミなら、いったん遠くに飛んで逃げてからしばらくして戻ってくるが…


すぐにトネリコに戻って鳴き続けるとは…








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それだけ?




そう、それだけ(笑)。



ー完ー

いつも応援ありがとうございます。
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やはりおまけソフトは機能が少ないので、こんな簡単な絵柄でも、ちょっと大変です。
いろいろ情報をいただいたので、フォトショップお試しダウンロード版を試して、低価格のエレメンツというのを買うか、別のフリーソフトを使うか、検討中してみまーす。


ところで、今朝は父が早くから用事で東京に行きました。
服装も人格も入れ替えていそいそと行きましたわ。。今夜はホテル泊で帰ってきません。
のびのび楽しんでくるに違いない。

今夜のノラ家は「女こども」だけです。(でも普段から、老人と、女こどもですが…)
戸締りをしっかりしなくてはね。

[ 2008/08/02 08:59 ] ただの日常 | TB(0) | CM(9)

冷蔵庫のなぞの物体 

昨夜は、画像処理ソフトの入ったPCが壊れた件で、応援のお言葉をいただいて勇気が出てきました。
(ありがとうございます。)

ブログを始めて2か月がたちました。
はじめはなにもわからない状態だったけれど、だんだんいろいろなことがわかってきて、心優しい素敵な方々との交流も広がってとても嬉しく思っています。

そして、きっと私がまだ知らない方で、応援してくださっている人もいらっしゃるんでしょうね。

いつもありがとうございます。

せっかく始めたこの「ノラ家」、まだ頑張って続けていきたいと思います。

だって、よく考えたら、「ノラ家」って、そんなたいそうな絵を描いてないんだったわ。(^-^;)

というわけで、今日もPC付属の簡単ソフトでどうにか作ってみました。

どうかしら?





昨夜のノラ家にて


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父が冷蔵庫に保管している眼薬の出し入れの際、冷蔵庫の前でなにか反応していた。
なんだろう?



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それだけ?



そう、それだけ(笑)


ー完ー


いや、あまりにも切り口が同じ面積で完全に一体化していたから、気になって書いてみました。

↓ 応援していただけると嬉しいなぁ
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今までとあんまり変わらない?

ちょっと画質が悪いというか、線がぼんやりしている気がするんだけど…。
(時間がかかるけど、この程度なら書けそうです)



[ 2008/08/01 18:30 ] ただの日常 | TB(0) | CM(7)
プロフィール

Author:ノラドラ
ようこそ、3世代5人家族の「ノラ家」へ。
両親around70、娘around40、そして新・中学1年生のマーくんです。
いいかげんに解散しないといけない家族構成はいつまで続くのか?!(こんなはずじゃなかったんだけど。)。
一家の次女(ドラ)が、なんてことのない日常を楽しみながら書いていきます。気軽にコメントしてくださいね。


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