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<お盆特別企画>ノラ父の生い立ち ~鎮魂の満州~3 

お盆特別企画 第三弾!!


こんにちは。ドラです。
「ノラ家」はただいま「お盆特別企画」3日目です。

少しの間、日常を離れ、ノラ父の秘密について語っています。

いつものほのぼの路線に戻るまで、あと2日間ほどかかりますが、ノラ家にとってはとても大切なお話ですので、

せっかくのご縁で訪れてくださった皆様にはよろしければ少しお付き合いいただければ幸いです。

今日初めて訪れて下さった方は、どうぞ
ノラ父の生い立ち ~鎮魂の満州1
ノラ父の生い立ち ~鎮魂の満州2>からご覧になってください。




<お盆特別企画>ノラ父の生い立ち ~鎮魂の満州~3 憧れの内地へ!?


さて、昨日の記事ではよくわからかなったと思いますので補足させていただきますと、

要は、父らの一行は、日本人を返さない方針の八路軍側から、日本人を返す方針の国民政府の側へやってきたのです。

国民政府の側の宮原(みやのはら)まで行けば、帰れるぞという話があったそうです。

宮原(みやのはら)の収容所は、国民政府が治安維持のために運営している収容所でした。

ここでのコレラ流行がようやくおさまり、父らの一行は、夏の終わりに出発を許されました。



mansyu-map3-2.jpg


そこからは鉄道がつながっているので、汽車で奉天(ほうてん)へ。
そこで北奉天の収容所に入り、半月ほど留め置かれました。



その後、満州の大動脈である連京線(大連ー新京をむすぶ線)を汽車で下り、
錦州(きんしゅう)というところへ。これはもう大連のすぐ近くです。

錦州の収容所には1週間近く入ったそうですが、これは、ほとんど帰還船の順番待ちのような期間で

「ここまで来たら帰れるぞ」

という希望が出てきたそうです。

それから大連の近くのコロ島というところから

引き揚げ船「新興丸」(3000tクラスの船)に乗りました。

そこから4昼夜か5昼夜で、博多に到着

(引き揚げ船は博多か佐世保、舞鶴、新潟などに到着したそうです。)

9月10日頃のことでした。


でも、すぐに船からは降りられるわけではありません。

日本に病気を持ち込まれないために「検疫」があり、
検査のために1泊か2泊、留め置かれた記憶があるそうです。

そして
mansyu3-2-1.jpg


ようやく船を降りたときにDDTをかけまくられたのが印象的だったそうです。


また、情報収集のために後ろに風景が映っている写真はすべて提出させられました。
父の一家はこのことを噂で聞いていたので、先に風景を切っておいたので没収されずにすんだそうです。

博多駅につくと、帝国大学の学生さんたちがボランティアで引き揚げ者に対して
「引き揚げ、お疲れ様でした」と湯茶のサービスをしてくれたそうです。



ところで、満州生まれの父にとっては初めての内地でしたが
その印象は…。

汽車がマッチ箱のように小さいなあ…。

くすんだねずみ色の瓦と、みすぼらしい木造の家。

なんとあかぬけない街だろう…


と思ったそうです。

「内地、内地」と憧れをもって聞かされていたので
「なあんだ、こんなものか」と子供はみんな思ったそうです。


こうして、父の一族は、博多から、汽車に乗りました。



mansyu3-2-2.jpg

彼岸花 彼岸花2



途中、線路のわきに、田んぼのあぜ道に真っ赤な花がたくさん咲いており、

それがどの土地にいっても、どこまでも続いていたことが子供心に強く印象に残ったそうです。


「この赤い花は何の花だろうな。満州にはなかったけれど…」


ーそれは、彼岸花。


父は彼岸花の季節になると、いつもこの引き揚げのことを思い出すそうです。





大阪で叔母夫婦と別れ(叔母夫婦は夫の実家の新潟へ)、

父らが、和歌山の西牟婁郡(当時)に残していた祖母の家に到着したのはS21年9月18日。

(ほとんどの人は満州に渡るときに家を売るなどしたため、内地に帰ってからは親戚を頼るしかなかったそうですが、祖母や叔父たちは、よく内地の家を残していたものだとつくづく思ったそうです)。



鶏冠山を出てから4か月以上の流浪の旅が終わりました








それでも、北満の引き揚げの苦労に比べれば、南満州の引き揚げ者はまだまだマシでした。

それも、国境にいたお母さんや弟たちの苦しみに比べれば
……。。。。








こうして、父は祖母と叔父たちの家で過ごし、家族の帰りを待ちました。






mansyu3-3.jpg


お父さん、お母さん、弟たち… みんなどうしているんだろうか…

早く帰ってこないかな…



もうこの頃には、大人たちは、いろいろな人の情報から、北満の国境地帯にいたお母さんと弟たちはダメだったのではないか…という推測ができていました。



父の祖母は、死ぬまで悔いていたことがあるそうです。



実は、終戦前、ノラ父のお母さんは4人目の子供を身ごもっていました。

それで、実家の母に、「実家で出産したい、戻りたい」という趣旨を伝える

手紙を書いてきていたそうです。

でも、鶏冠山の実家には、すぐ下の弟のお嫁さんも出産を控えていました。



昔の人は、

同じ家で二つの出産があると、勝ち負けがつく、片方にはよくないことが起こると信じていました。

だから、その家で妊婦さんがいると、ネコでも(身ごもっていると)よその家にもらってもらったりしたそうです。
(あ、いけない、ノラ家もネコだったわ!)



そういうわけで、娘に実家に戻ることを許さなかったのだそうです。

もし、ノラ父のお母さんが南満州の実家にさえ戻ってきていれば、きっと一緒に助かったはずでした…

これが母親として生涯消えることのない後悔の念となって残ったそうです。

悲しいことですね。



ーつづくー


みなさんの応援が描くエネルギーになっています。
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onrei2.jpg



いつも最後までありがとうございます。
今日はイラストは少なめで、わりと穏やかなお話でした。

次の話では、お父さんの消息がわかります。

お母さんの消息については最終日・完結編です。これは必見です。
もう少しお付き合いくださいね。



今日は出かけます。帰ってくるのは明日です。
その間みなさんのところへコメントは書けませんが、今から応援に行きますね。




[ 2008/08/10 08:13 ] 父の生い立ち | TB(0) | CM(11)
こういった経験を持つ人が一体どれだけいた事でしょう…。
原爆の悲惨さを語っただけでは分からない、
もっと別な不幸が戦争にはたくさんあったのですね。
お父さんは、もうこのまま両親や弟たちとは会えないのでしょうか?
なんだか悲しすぎですよね。
お父さん、毎回おもしろい事をやってくらますが、
こういった出来事を一人で思い出す事もあるのでしょうね。
大事にしてあげてください。
(ドラさんなら言われなくてもしてますね)
[ 2008/08/10 10:28 ] 萬田らむね [ 編集 ]
お父さん、ホント苦労してはるんですね・・
ホロっときました。

昔のしきたりって言うんですか?それも
難儀ですね・・・。
よいところもあるんでしょうけど。
どちらも辛かっただろうな・・・
[ 2008/08/10 10:39 ] あゆみん [ 編集 ]
8月15日が終戦記念日となっていますが、それ以降もまだ戦争は終わっていなかったのですね。
赤い彼岸花はこの世のものとは思えない美しさで、私が見ても不思議な花だなぁと思いますが、沢山の死を見た後のノラ父さんの目には、より一層記憶に残る花となったのでしょうか。
ここまでの流れでお父さん、お母さん、そして幼い兄弟たちの消息に、明るい報告は期待できなさそうですが、日本に帰れなくても無事であってほしいと祈る気持ちでいっぱいです。
[ 2008/08/10 13:13 ] うぐいす [ 編集 ]
多分(絶対か)ここの中では最年長の私、こういうお話はすごく心が痛いです。
小さい頃にはまだまだ戦争体験を持った人が回りに沢山いましたから。
今の若い人の中では日本で戦争があった事さえ知らない人もいるとか!!
こうやって語り継いでいくのはすごく大切な事なんですがね。

ところで一転してオチャラケ系な話で申し訳ありませんが、先日の「レロン」な記事をリンクさせて
頂きました。事後承諾で恐縮です、不都合であればお申し出てください。
[ 2008/08/10 13:27 ] バルおばさん [ 編集 ]
そういえばうちの親父も満州で生まれたとか言ってたような気がします。
あまり普段から口を聞かないので今度聞いてみようかな・・・。
いろいろおもしろいお父さんですが
過去にはいろいろあったのですね。
最終話待ってま~すヾ(゚ω゚)ノ゛ 
[ 2008/08/10 21:26 ] TIKI [ 編集 ]
昨日も思ったのですが、ノラ父様のお話だけでなく、他の資料もいろいろ当たって、事実をトレースして書かれていますね。シンプルだけど細やかな書き込みが、ストレートに胸に響きます。
イラストの楽しさとていねいな文章で、読ませますね!
幼い日、ノラ父様の目に焼き付いた彼岸花、悲しい予感です…。
[ 2008/08/10 22:21 ] ろーたす [ 編集 ]
こんばんは☆

戦争とは、表面的に伝えられていることだけでなく、その奥底には、伝え切れない程の、深い悲しみや苦しみがあるのですよね。
でも、それらを自分の体験を通してドラちゃんに伝えたお父さんも素晴らしいし、そして、そのお父さんの思いを、こんなにしっかり受け止めているドラちゃんも素晴らしいです。
改めて、素敵な家族だな…と思いました。



[ 2008/08/10 23:12 ] 美波海ママ [ 編集 ]
ほんとにノラ父さんよく覚えてますね。
逃げて来た経路も地図もノラドラさんとの
共同作業なんでしょうか。
ここまでしっかりと伝えられたら
忘れられないですね。
また最初から読み返そうと思います。
[ 2008/08/11 09:37 ] あび [ 編集 ]
戦争は愛する家族を無残に引き裂きますね・・・
どれだけの幸せが壊されたか、考えただけで辛くなりますね。
二度とこの地球で戦争が起こらないことを切に願います。。。
[ 2008/08/11 18:18 ] はまぴー [ 編集 ]
つらい歴史に翻弄されたお話、こんなにリアルに教えて頂けたのは初めてです。ノラちゃんに多大な影響をうけて、ここのところ、太平洋戦争前後の本を読みかえしています。
次回が気になる…
[ 2008/08/11 22:57 ] きんとと [ 編集 ]
留守にしていることをご存知なのに、こんなにたくさんのコメントをいただけるなんて。。。。ありがとうございました。感激です。どうぞ、コメントもたまには休んでくださいね。
(大変だろうにと心配しています)


>らむねさんへ

父は、私から見ると、情操的には、細やかさに欠けるように見えるので(笑)、思い出して涙するようなことがあったようには(傍目からは)見えないのですが、でも本当はかなり悲しい思いをしていると思います。それがわかっているので、いろいろ欠点はあるけど、大切にしないとね…。
最後はいい人生だったと思わせてあげないと。


>あゆみんさんへ

一軒の家に妊婦さんが二人いてはいけないなんて私も知りませんでした。でも、父も母も当然のように知っていました。ご両親に聞いてみると面白いですよ。
でも、たしかに、どっちも悲しいですね。
いつもありがとう。


>うぐいすさんへ

すっかり常連さんになってくださってありがとうございます。彼岸花の妖しさ、美しさ、確かにあの花は死とつながりますものね。しっとりしたコメントに、うんうんうなずきました。。


>バルさまへ

昨夜遅くに「レロン」のリンクのこと初めて知りました。すごくうれしいです。ありがとうございます。
バルさんの周りにはもっと戦争のことをはっきりと覚えている大人がたくさんおられたことでしょうね。また、そんなお話も教えてくださいね。私、バルさんのレトロ、大好きなんです。


>TIKIさんへ

えっ、TIKIさんのお父様も満州生まれなんですか?!
満州で生まれて赤ちゃんの時に引き揚げて来たのかもしれませんね。ぜひぜひ、この機会にいろいろ思い出話を語り合ってみてくださいね。思いもかけないドラマがあったりしますよ。


>ろーたすさんへ

いつもありがとうございます。それほど資料をさがす苦労はしていないのですが、家に2冊、満州の写真集があったこと、父の記憶が非常に鮮明なのとで助かっています。(権力をふるっていた女の子二人の名前も全部覚えている。)時間がないので不出来ですが、ほめていただけて、すごくうれしいです。


>美波海ママさんへ

実は今までなんとなーく話を聞いていただけで、私もこんなに細かく聞いたことはなかったんです。今回父から聞き取りをして、ノートに書き留めていくと、今まで知らなかったこともたくさんでてきました。このブログを作らなかったらわからないままだったと思います。私にとっても受け止めることができてよかったです。ありがとうございます。


>あびさんへ

資料がもともと家にあったというのが幸いでした。ストーリーは聞いていましたが、地理に関しては今回父にレクチャーを受けました(叱られながら)。
そういう意味では、「ノラ父監修」ですね(笑)。いつもありがとうございます。


>はまぴーさんへ

ありがとうございます。そうですね、人間の数の分だけ、悲しいドラマがあるのでしょうね。想像もつかないほどの悲しみがあるのでしょう。祈りたいですね。


>きんととさんへ

きんととさんも戦争の本を。。。
きんととさんの画力と構成力でそういう話を描いたら、すごい作品ができそうですね。こんなブログでも影響力があるとしたら嬉しいです。ありがとうございます。


みなさん、ありがとうございました。
さあ、いよいよラスト!




[ 2008/08/12 09:44 ] ノラドラ [ 編集 ]
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プロフィール

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Author:ノラドラ
ようこそ、3世代5人家族の「ノラ家」へ。
両親around70、娘around40、そして新・中学1年生のマーくんです。
いいかげんに解散しないといけない家族構成はいつまで続くのか?!(こんなはずじゃなかったんだけど。)。
一家の次女(ドラ)が、なんてことのない日常を楽しみながら書いていきます。気軽にコメントしてくださいね。


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